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zoom RSS 正義感を快楽に変える人々

<<   作成日時 : 2006/08/07 20:38   >>

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確かに社会的制裁は必要だ。
法的な制裁はどうしても政策的判断が内包されてしまう。
不起訴処分なり微罪処分なり。
法的に無罪放免だからといって事件がなかったことにはならない。
その意味では社会的制裁に意味はある。

だが、「ならばオレが鉄槌を」は間違っている。
自ら制裁執行をした時点でもはや暴力を行使した者と変わりはない。
自己の快楽追求を正義感と混同してしまってはいけない。
そんな自由は認められていない。

引用。
松本サリン事件で冤罪を被った河野義行氏のインタビュー記事。
「私が当初22日間入院していた間、電話は長男が全部とっていたのです。
頭ごなしに怒鳴られる。お前の父親は殺人者だ、
さっさと認めろというような電話が多かったのです。
無言電話もずいぶんかかってきました。
…ああした電話は報道がああいうふうに出てしまって、
正義感がある人が言ってきたのだから、致し方がないと我慢していました。
ところが、私が犯人でないことが公に分かった時に、
『あの時は自分はお前が犯人だと思って、嫌がらせの電話をした、
無言電話をした、申し訳ない。』と言ってくる人は一人もいなかったのです。」
(佐高信[編]『日本国憲法の逆襲』岩波書店 より)


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